OUR STORY
日野フレンズが生まれた日
「部活がなくなるかもしれない」――その一言が、すべての始まりでした。
居酒屋から始まった物語
令和4年(2022年)頃、中学校の部活動がなくなるかもしれないという話が広がり始めていました。
レディースの全国大会の打ち上げの席。ソフトテニスに長年携わってきた阿部さんと井田さんが、「このままでは子どもたちがソフトテニスを続けられなくなる」と語り合ったのが、すべての始まりでした。
日野郡では少子化が進み、中学校の部活動だけでは団体戦のメンバーすら揃わない。ペアスポーツであるソフトテニスは、町内でペアが組めなければそもそも試合にも出られない。その危機感が、2人の心を動かしました。
3人の発起人
その後、井田さんが合流し、日野を拠点に話が進みました。小学生の指導に長年携わってきた阿部さん、チームの外交と運営基盤を担う井田さん、そして3人目の発起人。それぞれが異なる強みを持ち寄り、「日野フレンズ」の構想が形になっていきました。
クラブの設立日は、両監督の誕生日と同じ日。天皇誕生日の祝日でもあるその日に、偶然が重なるように日野フレンズは産声を上げました。
「巻き込み事故」で監督就任
男子監督の翔平さんがチームに加わった経緯は、本人いわく「巻き込み事故」。井田さんから「前衛をみたってくれへん」と声をかけられたのがきっかけで、翌月には監督に就任していました。
背景には、翔平さん自身の息子が日野中に進学するものの、男子部員がほとんどいない状態で団体戦もできないという切実な事情がありました。「子どもたちのために何かしなければ」——その思いは、発起人たちと同じでした。
それぞれの指導者が、それぞれの役割を
日野フレンズには、一人のカリスマ指導者がいるわけではありません。楽しさの中にも厳しさを求める監督、「操り人形にしない」と自発性を大切にする監督、「一生テニスをしてほしい」と生涯スポーツの視点で子どもたちに向き合う指導者、距離を詰めて横のつながりを作るコーチ、楽しく子どもたちと接して成長を見守るコーチ。
それぞれが異なる役割を持ち、バランスが取れている。「熱くて誠実」——それが、日野フレンズの指導陣に共通する姿勢です。
あの居酒屋から、鳥取県代表へ
設立から数年。日野フレンズは鳥取県中学校総合体育大会で男女アベック優勝を達成し、中国大会・全国規模の大会にも選手を送り出すチームへと成長しました。
けれど、日野フレンズが本当に大切にしているのは、トロフィーの数ではありません。この地域で、ソフトテニスを続けたいと思う子どもたちが、安心して競技に打ち込める場所であり続けること。あの居酒屋で語られた原点は、今もチームの真ん中にあります。
ボランティアで成り立つチーム
日野フレンズの年会費は6,000円(月額500円)。全国の地域スポーツクラブの中でも、極めて低い水準です。この金額が実現できているのは、チームがボランティアの力で成り立っているからです。
指導者は全員、無償で子どもたちの指導にあたっています。仕事を終えた後の夕方、休日の午後。自らの時間を使って、コートに立ち続けています。それは「仕事」ではなく、「この地域の子どもたちのために」という純粋な気持ちからです。
コート使用料は、日野町の町民コートを利用することで無料。自治体に認められた団体として、地域に深く根ざした運営を行っています。
保護者の皆さんも、チームの大切な一員です。大会時のテント設営や運搬、遠征時の送迎。指導者の無償活動を理解し、自発的に協力してくださる保護者の姿勢が、日野フレンズを支えています。
「経済的な理由でスポーツを諦める子どもを出さない」——それは、日野フレンズの設立当初からの約束です。指導者・保護者・地域が手を取り合い、子どもたちが競技に集中できる環境を、みんなで守っています。
